インテリインフルエンサーとして注目されている由女(ゆめ)さん。
2026年9月3日放送の『プレバト!!』では、東京学芸大学を首席で卒業し、東大大学院へ進学した経歴が紹介されました。
「由女さんの大学は東大なの?」
「東京学芸大学では何を学んでいた?」
と気になった方も多いのではないでしょうか。
そこで今回は、由女さんの大学や東大大学院での研究、高校までの学歴を調査しました。
この記事で分かることは、
- 由女さんが卒業した大学
- 東京学芸大学で学んだ内容
- 「首席」の正確な意味
- 東大卒といわれる理由
- 東大大学院で研究した内容
- 由女さんの高校や中学時代
についてですので、一緒に見ていきましょう!
由女の大学は東京学芸大学!

由女さんが卒業した大学は、東京学芸大学です。
大学では教育学部のB類美術専攻に在籍し、日本画を専門に学んでいました。
東京学芸大学が公開している当時のB類美術専攻の案内によると、美術科教育学や絵画、彫刻、デザイン、工芸などを学ぶ教員養成課程です。
由女さん自身も、大学では美術の専門分野に加え、憲法や人権、教育基本法など、教員に必要な内容を学んだと説明しています。
由女さんの学部時代の大学は東京大学ではなく、東京学芸大学です。
「東大」と紹介される理由は、卒業後に東京大学大学院へ進んだからです。
美術教師を目指して3つの教員免許を取得
由女さんは当初、美術教師になることを目指していました。
中学時代に友人のつながりで美術部へ入り、絵を描いてみたところ、自分に向いていると気づいたそうです。
大学では、次の3種類の教員免許を取得しています。
- 中学校の美術
- 高校の美術
- 高校の工芸
教員免許の数からも、当時は本気で美術教師を目指していたことが分かります。
一方で、大学で教育現場の働き方や待遇について学ぶうちに、教師になることへの考えが変化しました。
理想の教師像について考え過ぎた結果、大学2年生の頃に燃え尽きてしまったとも語っています。
日本画を専攻した理由

由女さんは大学2年生から日本画研究室に入りました。
日本画を選んだのは、物の形や陰影を理論的に捉える力を身につけられ、美術を教える立場にも適していると考えたためです。
また、日本人として日本画を学びたいという思いもありました。
しかし、専門的に学ぶほど、日本画の世界と一般の人との間に大きな距離があると感じるようになります。
この問題意識が、後の東大大学院での研究につながりました。
「大学首席」ではなく正確には専攻首席
『プレバト!!』の番組情報では、由女さんは「東京学芸大学を首席で卒業」と紹介されています。
文春オンラインの本人インタビューでは、より正確に「専攻首席」と記載されていました。
そのため、大学全体の首席と断定するより、B類美術専攻の首席と理解するのが適切です。
由女さんは大学時代、月額4500円の国公立大学の女子寮で生活し、学費免除も申請していました。
成績を落とすと寮や経済的な支援に影響する事情があり、良い成績を維持する必要があったそうです。
本人はさらりと振り返っていますが、4年間積み重ねた努力が専攻首席という結果につながったのでしょう。
由女は東大卒?大学院は東京大学

由女さんは、東京大学の学部を卒業したわけではありません。
学歴を正確に分けると、次のようになります。
- 大学:東京学芸大学教育学部B類美術専攻
- 大学院:東京大学大学院学際情報学府
したがって、「東大卒」よりも「東大大学院修了」や「東大院卒」という表現のほうが誤解がありません。
由女さんは東京学芸大学卒業後、東京大学大学院の修士課程を修了しています。
学芸大在学中に東大の研究生になった
由女さんと東京大学との関わりは、東京学芸大学を卒業してから始まったわけではありません。
学芸大に在籍しながら、東京大学大学院情報学環教育部の研究生としても活動していました。
本人が東大の研究生になった理由は、日本画の魅力と世間の認識との隔たりを埋めたいと考えたからです。
当時はロボット教室でアルバイトをしており、制作に非常に手間がかかる日本画をロボットで描けないかと思いつきました。
その発想を東京大学側が評価し、研究生として学ぶことになったと説明しています。
単に学歴を求めて東大大学院へ進んだのではなく、日本画が抱える課題を技術で解決したいという目的があったのですね。
東大大学院では日本画と3Dプリンターを研究
由女さんは、東京大学大学院学際情報学府の先端表現情報学コースで学びました。
東京大学の公式資料に掲載された修士論文の題名は、次の通りです。
デジタルファブリケーションによる岩絵具の盛り上げ手法の研究と彩色支援への展開
日本画では、岩絵具などを膠(にかわ)で定着させ、絵の具を立体的に盛り上げる表現があります。
由女さんが所属した筧康明研究室では、膠を使った素材を3Dプリンターでキャンバスに立体印刷する「NikawaFab」を発表しました。
3Dプリンターを新しい絵筆として使い、伝統的な日本画とデジタル技術を組み合わせた研究です。
東京大学の研究室公式ページでは、由女さんが2024年に修士課程を修了したことも確認できます。
文系・美術系から理系大学院へ進んだ努力
東京学芸大学では美術と教育を中心に学んだ由女さんですが、東大大学院では数学や技術の知識も必要になりました。
そのため、学芸大の3〜4年生頃から大学数学を独学したそうです。
大学院では、線形代数や微積分を使って実験やものづくりに取り組む学生との差を感じたと振り返っています。
それでも修士論文を完成させ、現在は大手IT企業でUI・UXデザイナーとして働いています。
美術、教育、デジタル技術を横断した学びが、現在のデザインの仕事にもつながっています。
由女の高校はどこ?

由女さんの高校は、和歌山県立橋本高等学校とみられます。
本人名義のFacebookプロフィールには「橋本高等学校に在学していました」と記載されています。
また、本人は文春オンラインのインタビューで、和歌山県橋本市出身で、地元の県立中高一貫校へ進学したと語っていました。
和歌山県立橋本高等学校は、2006年から和歌山県立古佐田丘中学校を併設する中高一貫教育校です。
学校側が卒業生として紹介した資料は確認できませんでしたが、本人発信をもとにした信頼性の高い情報と考えられますね。
灘中に通っていたわけではない
由女さんの経歴では、「灘中合格判定」という言葉も注目されています。
しかし、由女さんが灘中学校に通っていたわけではありません。
灘中は男子校ですが、小学6年生の頃に女子も受験できる模試を受け、灘中の合格圏に入る成績を取ったという意味です。
全国模試のランキングに名前が載ることもあったといいます。
その後は、両親から勧められていた地元の県立中高一貫校へ進学しました。
中学では偏差値30台になり美術の道へ
小学生の頃は熱心に勉強していた由女さんですが、中学受験を終えると勉強しなくなり、偏差値が30台まで下がったそうです。
一方、中学で入った美術部では絵の才能に気づきました。
中学・高校時代は、美術の成績が5だったのに対し、ほかの教科は2程度だったと本人が振り返っています。
小学生の頃の学力だけで東京大学へ一直線に進んだのではありません。
中学で見つけた美術の得意分野を伸ばし、東京学芸大学から東大大学院へ進んだ経歴です。
由女の学歴まとめ
今回は、由女さんの大学や東大大学院、高校までの学歴を調査しました。
- 大学は東京学芸大学教育学部B類美術専攻
- 東京学芸大学では日本画と美術教育を学んだ
- 大学全体ではなくB類美術専攻の首席で卒業
- 学芸大在学中に東京大学大学院の研究生として活動
- 東京大学大学院学際情報学府の先端表現情報学コースへ進学
- 日本画の岩絵具と3Dプリンターを組み合わせた研究に取り組んだ
- 2024年に修士課程を修了
- 高校は和歌山県立橋本高等学校とみられるが公式な卒業発表は未確認
由女さんは、東京大学の学部を卒業したのではなく、東京学芸大学から東京大学大学院へ進んでいます。
美術教師を目指して始まった学びを、日本画とデジタル技術の研究、さらに現在のデザインの仕事へ発展させてきました。
『プレバト!!』の俳句査定は、異なる分野を結びつけてきた由女さんならではの発想を知るきっかけにもなりますね!


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